記事2026 年 5 月 2 日by とし

借金がインフレで実質目減りする、というからくり

「インフレ局面では、借金は実質的に小さくなる」とよく言われます。 けれど、感覚として腑に落ちる説明にはなかなか出会いません。 私自身が腑に落ちたのは、自分のフルローン物件に具体的な数字を当ててみたときでした。まずは分かりやすさのため固定金利で 1 軒分の数字を開き、後段で変動金利の場合(私自身はこちら)を別に扱います。


想定モデル

話を分かりやすくするために、こういう物件を想定します。

2022 年時点の状態
家賃: 月 10 万円(入居者継続)
ローン: 残債 3,000 万円、固定金利、月返済 9 万円
管理費・修繕積立金・固都税(月割): 約 2 万円
月次キャッシュフロー: 月 ▲1 万円(運営費控除後はマイナス傾向)

そして 2026 年までの 4 年間で、累積インフレが +10% 進んだとします。これは日本の総合 CPI の実際の累積値に近い数字です。

名目で見ると、何も変わらない

銀行口座の数字だけを追うと、こうなります。

  • 家賃: 月 10 万円(入居者継続なので契約家賃は変わらない)
  • ローン返済: 月 9 万円(固定金利なので変わらない)
  • 管理費・修繕積立金・固都税: 月 約 2 万円(緩やかに増加)
  • 月次 CF: 月 ▲1 万円(運営費を入れるとマイナス傾向)

「家賃は安定」と言うときの「安定」は、この名目の話。月次キャッシュフローは、運営費を入れるとむしろマイナス側に進んでいます。

実質で見ると、目減りが見える

物価が 10% 上がった世界では、同じ 1 万円の購買力は 1 ÷ 1.10 ≒ 9,100 円相当 に縮んでいます。同じ数字を 2022 年の購買力に揃えて見直すと、こうなります。

  • 家賃 10 万円(名目)→ 9.1 万円(実質)、▲9,000 円目減り
  • 返済 9 万円(名目)→ 8.2 万円(実質)、▲8,000 円目減り
  • 運営費 2 万円(名目)→ 物価並みに上昇、▲2,000 円ほど追加で重く
  • 月次 CF ▲1 万円(名目)→ ▲1 万円台前半(実質)、わずかに悪化

月次のキャッシュフロー自体は、運営費を入れるとそもそもマイナスから始まっています。実質で見ても、その向きは変わりません。

ローン残債の実質変化、ここが本質

ここからが、からくりの核心です。

  • 名目残債: 2,800 万円(4 年で元金 200 万円が償還済み)
  • 実質残債(2022 年購買力換算): 2,800 ÷ 1.10 = 2,545 万円

つまり、同じ 2,800 万円という名目数字が、2022 年の感覚で見ると 2,545 万円分の重さしかなくなっている。インフレが、実質的に借金を 255 万円「軽くした」 ということです。

整理すると、4 年で借金が減った内訳:

  • 通常の元金償還: 200 万円(契約に従って毎月コツコツ)
  • インフレによる実質目減り: 255 万円(物価上昇で勝手に)

合計で 実質的には 455 万円分、債務が軽くなった ことになります。元金償還より、インフレ目減りのほうが大きい。

差し引きインパクト(年率)

家賃の実質目減り: ▲9,000 円 × 12 ヶ月 = ▲11 万円 / 年
債務の実質目減り: 255 万円 ÷ 4 年 = +64 万円 / 年
─────────────────
差し引き: +53 万円 / 年(借り手側に寄る)

月次キャッシュフロー側はマイナス傾向のままです。けれど BS 側で見ると、借りているほうが、インフレ局面では実質的な負担を年単位で軽くされる側に寄る ── これが「インフレは借金を消す」の正体です。

ひとつ正直に置いておくと、ここで出した「+53 万円/年」「+255 万円」はすべて 税前 の数字です。家賃収入には所得税・住民税が累進でかかり、減価償却が取れる期間はキャッシュ的にもう一段厚いものの、償却切れ後(いわゆるデッドクロス)は税負担が跳ね上がる。売却時には譲渡所得課税(長期で 20.315%)が名目ベースで乗ってくるので、インフレで実質目減りした分にも税が乗る形になります。ざっくり言えば +255 万円のうち 50 万円前後は税で持っていかれる、というイメージ。手取りベースで見れば、有利さは一段か二段薄まる。それでも、向きが借り手側に寄ることは変わりません。

二段構えのロジック

「家賃が物価に追いつかない」のは短期の話で、もっと長い時間軸で見るとさらに有利になります。

短期(契約存続中、家賃据え置き)

  • 家賃の実質購買力は目減り(収入側がマイナス、▲11 万円/年)
  • 債務の実質負担はもっと大きく目減り(負債側がプラス、+64 万円/年)
  • マイナスよりプラスの方が大きいので、ネットでは借り手有利(+53 万円/年)

長期(退去・更新で家賃改定)

  • 退去 → 新規募集のタイミングで、周辺相場が上がっていれば家賃も切り上げられる(既存契約の途中で貸主から増額するのは、借地借家法 32 条のもとでは実務上難しい)
  • 例: 退去のたびに数千円ずつ、長期で物価並みに近づけていく
  • 以降は家賃も名目で部分的に追随し、実質目減りのペースが緩む
  • ローン返済は変わらず固定、物価が上がるほど実質負担は小さくなる

なぜこのからくりは続くのか

ここまでの話は、たまたま 2022-2026 の 4 年でインフレが進んだからこう見えた、というだけの話ではないと思っています。

不換紙幣の世界では、中央銀行が一度刷ったお金を回収するのは、政治的にやりにくい構造にあります。引き締めれば景気が冷え、雇用が悪化し、政府の利払いコストも跳ね上がる。だから刷る方向には動きやすく、戻す方向には半歩ずつしか動けない場面が多い ── ボルカー期の米国や 2022-2024 年の Fed/ECB のように、実際に大幅に戻した局面もあるので、「絶対に戻せない」とまでは言えませんが。

結果として、長い時間軸でならして見ると、通貨は希釈する方向に寄りやすい。年率 1% か 3% かは時々で変わりますし、5〜10 年単位ではデフレやディスインフレの局面も実在します。それでも 1971 年に金とドルのリンクが切れて以降の半世紀の長期トレンドは、希釈寄りに見えています(私の理解では、です)。

固定名目の長期債務を持つということは、この「通貨が薄まり続ける構造」に時間とともに乗っているということでもある。短期の金利上昇に怯える話に見えても、時間軸を 10 年・20 年に伸ばすと、通貨側が自動的に薄まる分だけ、こちらの債務も自動的に軽くなる。からくりの本当の地盤は、ここにあると私は見ています。

「インフレ」を二つに分けて考える

ここまで「インフレ」と一括りに書いてきましたが、性格の違う二つを混ぜています。分けておかないと、日本の過去 25 年の現実とこのからくりが噛み合わなくなります。

  • CPI インフレ: 食料・エネルギー・家賃・サービスといった消費財の価格が上がる動き。日銀がマンデートとして見ている物差し。
  • 資産インフレ: 株・不動産・為替の側の価格が上がる動き。CPI には基本的に含まれない。

この二つは同時に動くこともあれば、片方だけ動くこともある。日本の 2013 年以降の QQE はその典型で、日銀のバランスシートは 100 兆円台から 750 兆円超まで膨らんだのに、CPI はゼロ近辺に張り付いたまま、株価・都心地価・対外通貨価値(円安)の側だけがしっかり動きました。「日本は刷ったのに物価は上がらなかった」と言われがちですが、正確には 「刷ったお金が CPI ではなく資産と為替に流れた」 というのが四半世紀の実態に近い。希釈の方向性は、計測軸を広げれば日本でも一貫しています。

この区別は、本記事のからくりの効き方にそのまま跳ね返ります。

  • CPI インフレが効くと: 家賃が長期で物価並みに切り上がる。退去・更新で名目追随し、PL 側(月々のキャッシュフロー)で借り手が勝つ。
  • 資産インフレが効くと: 物件価格が上がる。家賃と給与は据え置きでも、BS 側(資産 - 負債)の含み益で借り手が勝つ。

前段の「二段構えのロジック」の後段(家賃が物価に追随する話)は、CPI インフレ前提でしか効きません。日本のように資産側に偏って希釈が来るレジームでは、家賃と給与は据え置きで物件価格と為替だけが動き、借り手は BS 側だけで勝つ構図になります。逆に、資産インフレが届かない立地(地方郊外の築古など)を選んでしまうと、BS 左側(物件評価)が借入の希釈速度より速く減価して、左右合わせて負けることになる。

だから、レバレッジを取るときに自分が どちらのインフレに賭けているか を意識しておかないと、「家賃が上がらない」と「物件価格が上がっている」の片方だけを見て一喜一憂することになります。私自身は立地的にも個人の体力的にも、CPI 連動より資産連動を厚く取る側に寄っている自覚があります。

変動金利だとどうなるか

ここまでの数字は、ローンが固定金利である前提で開きました。けれど実態としては、事業用ローンの大半は変動金利か、期間限定固定の後に変動に切り替わるタイプです。全期間固定は事業用にはほぼ存在しません。私自身も変動金利で借りています。

では変動金利だと、このからくりは崩れるのか。結論は 半分残り、半分崩れる です。

残る部分:元本の実質目減りはそのまま効く

ローン残債の名目額は、金利が動こうが動くまいが、契約に従って決まる数字です。物価が 10% 上がれば、その名目残債の実質的な重さは同じだけ希釈される。前段で書いた「2,800 万円が 2,545 万円分の重さに縮む」効果は、変動金利でもそのまま効きます。

崩れる部分:利息側はインフレに追随して上がる

変動金利は、中央銀行の利上げに連動して上がっていきます。インフレが進めば名目利息も増え、月々のキャッシュフローを直接圧迫する。固定金利の世界で言えた「返済額据え置きで実質目減り」が、変動金利では半分しか言えなくなります。

でも、実質金利はマイナスに張り付きやすい

ここで前段の「中央銀行は引き締めも半歩しか動けない」が効いてきます。中央銀行は構造的に後手に回りやすく、利上げの速度はインフレの速度より遅い。結果として、名目金利からインフレ率を引いた 実質金利は、ゼロ近辺かマイナスに張り付く時間が長い

つまり変動金利で借りていても、インフレが進む間は、利息も含めた負担は実質的にほとんど増えないで済む期間が長く取れる ── 過去 30 年の局面ではそうでした。元本の実質目減り効果と合わせると、変動でもからくり全体は同じ向きに寄りやすい、というのが私の現時点の見立てです。ただしこれは過去の傾向の話で、2024 年以降の正常化局面のように、変動の借り手側が短期で逆風を受けるフェーズも実際に起き始めています。

テールリスク:急激な引き締めと、名目キャッシュフローの即死

例外は、中央銀行が景気を犠牲にしてでもインフレを潰しに来るフェーズ。1980 年代初頭の米国(ボルカー・ショック)が典型で、一時的に実質金利が大きくプラスに振れて、変動金利の借り手が直撃される。日本でも 2024 年のマイナス金利解除以降、段階的な正常化は始まっていて、ゼロとは言えません。

ここで気をつけたいのは、テールリスクの本質が「実質負担の増加」よりむしろ 名目キャッシュフローの即死 にあるということです。実質ベースで計算が合っていても、ある月から名目家賃 < 名目返済に転じた瞬間、その月の収支は赤字に落ちる。貯金を取り崩しながらの保有が始まり、耐えきれなくなれば含み益のあるうちに投げ売らざるを得ない。1990 年代の日本、2008 年の米国でレバレッジ不動産が飛んだのは、ほとんどがこのパスでした。「実質的には軽くなっている」と言えても、名目で回り続けなければ構造ごと終わる。これは数字上の楽観で塞げるリスクではなく、保有期間を通じて名目キャッシュが回るか、止まったときにどれだけ持ちこたえられるかの問題です。これを引き受けているのが、変動金利の本当のリスクです。

整理すると、変動金利でも:

  • 元本の実質目減りは、固定と同じだけ効く
  • 利息は名目で増えるが、インフレ進行下では実質負担の増分は限定的
  • 急激な引き締めのテールリスクだけは引き受けている

固定よりは効果が薄いし、ベットの要素も大きい。「中央銀行は引き締めに動く局面でも、長期では希釈寄りに戻る」という前提に賭ける限り、変動金利でもからくりはおおむね同じ方向に効きやすい、というのが私の現時点の整理です。ただし、この前提自体が極端に崩れる局面(急激かつ持続的な引き締め、デフレ回帰)では、変動の側はそのまま逆風を引き受けることになります。

それでも腑に落ちきらない理由

ここまで数字で開いてきましたが、それでも「実質的には軽くなっている」と言われて素直に頷けるかというと、私自身もどこかに違和感が残ります。理由はおそらく 2 つあります。

一つは、実質的な目減りは紙の上では何も起きないまま、静かに進むこと。ローンの通知を見れば 2,800 万円という数字はそのままだし、誰かが「インフレ目減り分の 255 万円を返金しました」と知らせてくれるわけでもありません。実感として手元に何かが返ってくるイベントがないので、計算しないと気づけない。

もう一つは、目に映る日々の数字がむしろ逆方向に動いていること。給与という一番身近な収入はほぼ固定のまま、利息・修繕費・管理費・固定資産税といった見える支出はじわじわ増えていく。月次のキャッシュフローはむしろカツカツになっていく。「実質的には軽くなっている」と言われても、財布の中の感覚はむしろ逆に「重くなっている」わけです。

目の前の手触りと、長期の構造が、真逆の方向を向いている。これが、からくりが直感に反する一番の理由だと思います。腑に落ちるというのは、この 2 つを両方そのまま受け止めた上で、別軸で同時に動いていると理解することなのかもしれません。

私の整理

レバレッジを効かせて不動産を持つ理由は、家賃利回り(インカム)だけではありません。長期借入そのものが、インフレ局面で時間とともに実質的に軽くなっていく。これが BS 側のからくりです。

ここでサラリーマン大家にとっての本当の構造に触れておきたい。給与はインフレにほとんど連動しません。物価が上がっても、自分の名目給与は会社の事情でしか動かないし、過去 30 年の実績でも実質賃金は毀損し続けています。つまり家計の 月次キャッシュフロー は、毎月じわじわ細っていく側に立たされている。

その細り続ける月次キャッシュフローとは別の場所で、レバレッジを効かせた不動産の BS が、名目固定の借入と引き換えに静かに膨らんでいく。月次キャッシュフローで細る分を、物件 BS の純資産で取り返す。これが、サラリーマン大家がレバレッジを効かせて不動産を持つことの本当の意味だと、私は思っています。

本サイトで前から書いている「打つ手がない中での『ましな選択肢』」、その「給与は削られても、物件 BS は積み上がる」という構造の、BS 側の実態がこの「インフレによる実質目減り」です。

想定される反論と、それでも物件 BS を厚く取る理由

ここまでの整理に対する反論は、いくつも想定できます。素直に並べておきます。

  • フィッシャー効果の問題: 固定金利の借り手が得をするのは、厳密には「市場が織り込んでいなかった分のインフレ」だけで、借入時に予想されていたインフレは名目金利に乗っていて中立化されているはず。2022 年に固定で組めた人が今得に見えるのは、当時の市場がここまでのインフレを織り込んでいなかったから。これからの新規借入で同じ理屈がそのまま効くわけではありません。
  • 家賃の長期追随は地域と制度に強く依存: 借地借家法 32 条のもとでは既存入居者への家賃増額は司法的にほぼ通らず、新規募集も周辺相場で縛られる。地方郊外では空室競争で名目家賃が下がっている地域もあります。
  • 物件価格(BS 左側)は CPI にも資産インフレにも自動連動しない: 築古や立地によっては、建物の減価が借入の希釈より速い。BS の左側が右側より速く目減りすれば、左右合わせて負けます。
  • 賃金デフレ前提が変わりつつある可能性: 2024 年以降の春闘では大企業のベアが続いており、「給与は物価に連動しない」という前提が崩れ始めている、という見方もあります。ここが変われば「月次キャッシュフローで細る分を 物件 BS で取り返す」という構図そのものが弱まる。
  • 逆回転シナリオの実例: 1990 年代の日本では、資産デフレと CPI 横ばいと雇用悪化が同時に来て、フルローンのサラリーマン大家が大量に飛びました。月次キャッシュフローと物件 BS の両方で同時に損をする展開は現実にあった。

どれも、論として正しいと思います。本記事の「インフレで借金が薄まる」というからくりは、絶対に勝てる構造ではなく、自分の手で握れるのは結局 立地選び借入幅の規律 の 2 つだけ。残り(雇用、賃金制度、マクロ環境)はコントロール外の前提で、それが極端に崩れないことを引き受ける賭けの上に乗っています。

逆に言うと、握れる 2 つを外す — 地方の築古を高レバで持つ、変動金利で限度いっぱいまで借りる、といったケースでは、このからくりは効かないどころか、逆レバが回転するときに最大限に痛みます。1990 年代に飛んだサラリーマン大家の多くは、ここを外していました。

それでも私が物件 BS を厚く取る側に賭けているのは、給与一本で月次キャッシュフローを据え置きで持ち続ける選択のダウンサイドが、過去 30 年の実質賃金毀損として すでに統計の側に現れている からです。「打つ手がない中での『ましな選択肢』」というのは、絶対に勝てる選択肢があるという意味ではなく、何もしない場合に細っていく月次キャッシュフローを、引き受け得るリスクと交換しに行くという、私個人の重み付けの話です。

だから「サラリーマン大家全員にレバレッジを推奨する」という話を、私はしません。立地を選び、借入幅を抑え、逆回転シナリオを引き受ける覚悟まで含めて初めて、ましな選択肢になり得る。前提を選び切れない場合や、ダウンサイドを引き受けきれない場合は、レバレッジを取らないほうが整合的です。

私自身は、立地を都心側に厚く寄せ、変動金利のキャッシュフロー耐性を意識して借入幅を抑え、物件 BS が外れた局面で月次キャッシュフローと物件 BS の両方で損をする展開を引き受ける覚悟で、この賭けに乗っています。賭けであることに変わりはない、という自覚は持って動いています。

— とし

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